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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4068号 判決

原告 東北興業株式会社

被告 東北亜鉛鉱業株式会社

主文

昭和三〇年五月二八日行われた被告会社第二六回定時株主総会におけるつぎの決議を取消す。

(1)  被告会社の定款第五条を「当会社の発行する株式の総数は、六十四万株とする」、被告会社の定款第七条を「当会社が発行する株式総数六十四万株の内、昭和三〇年五月二八日の株主総会の決議により拡張せられた未発行の株式について当会社の株主はその新株引受権を有する。但し株主以外の第三者にもその新株引受権を与える場合は、株主総会の決議による」と変更する旨の決議。

(2)  資産再評価及びその再評価額の合計額の承認。

(3)  第二六回(自昭和二九年一〇月一日至昭和三〇年三月三一日)営業報告書、貸借対照表、財産目録、損益計算書及び利益金処分案の承認。

(4)  取締役高梨勇、秦克夫、種田徳太郎、松田正雄、梅原廉平、土川孝生の選任。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一申立

一、原告の申立

主文のとおり。

二、被告の申立

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一、原告の主張

被告会社は、昭和三〇年五月二八日行われた第二六回定時株主総会において、主文第一項記載の内容の決議をした。原告は被告会社の別紙目録記載の株券四〇、〇〇〇株の株主であり、かつて被告会社の株主名簿にその旨記載されていた。その後、昭和二六年三月一〇日原告は右株券四〇、〇〇〇株を訴外東北肥料株式会社(以下東北肥料という)に譲渡した。しかし、原告は東北興業株式会社法により設立された特殊会社であるところから、東北興業株式会社業務に関する命令書により、原告が財産の処分をするについては監督官庁の認可を受けなければならないとされていた為、右株券の譲渡契約にはこの譲渡につき原告の監督官庁たる建設省の認可を受けることができないときは契約を無効とする旨の条件が附せられていた。ところが、建設省は同年七月三〇日、原告の右株券譲渡の認可申請に対しこれを却下する旨の決定をしたから、右株券の譲渡は無効となり、その株主権は原告に復帰したのである。

ところが、東北肥料は、昭和二六年三月三一日右株券のうち別紙目録記載の二〇、四〇〇株を訴外蓬莱鉱業株式会社(以下蓬莱鉱業という)に、一九、六〇〇株を東肥産業株式会社(以下東肥産業という)にそれぞれ譲渡し、同年八月二日被告会社の株主名簿にその旨の名義書換がなされ、さらに同年一一月三〇日蓬莱鉱業は右譲受株券のうち別紙目録記載の三、〇〇〇株を訴外阿部直之(以下阿部という)に、東肥産業はその譲受株券のうち別紙目録記載の一、〇〇〇株を訴外久保祐三郎(以下久保という)に譲渡し、いずれも同日その旨の名義書換がなされ、さらに、阿部及び久保は昭和二八年六月二五日、その譲受株券を訴外内藤英雄(以下内藤という)に譲渡し、同日その旨の名義書換がなされた。これらの名義書換は原告の前記株式四〇、〇〇〇株の返還請求を困難ならしめる為、第三者による善意取得を仮装したものに過ぎないのであつて、株主名簿記載のような株式譲渡はなかつたものである。かりに、前記のような株式議渡があつたとしても、蓬莱鉱業以下の各取得者はいずれも前述のように本件株式が原告の権利に属することを知つて右株式を譲受けたもので悪意の取得者である。被告会社もまた右の事情を熟知して右各名義書換をしたのである。してみれば、右訴外人等は各その譲受けた株券につき株主権を取得するに由なく、原告が前記株券四〇、〇〇〇株につき依然株主権を保有し、被告会社に対しては、右株式につき現に株主名簿上の名義を有していないけれども株主として対抗し得ること勿論である。

しかるに、被告会社は原告に対し本件株主総会招集の通知をしなかつた。また右決議において、蓬莱鉱業、東肥産業及び内藤英雄がそれぞれ前記株券の株主として議決に参加したが、同人等は前記株券については株主でなかつた。よつて、右総会決議はその手続において違法であるからその取消を求める。

二、被告の主張

(1)  被告会社が、原告主張の日その主張の内容の株主総会の決議をしたこと、原告がかつて、その主張の株券を所有し、被告会社の株主名簿に株主として記載されていたこと、原告がその主張の日その主張の株券を東北肥料に譲渡したこと、右譲渡につき原告主張の条件が附せられていたこと、原告主張の日に建設省が原告主張の不認可決定をしたこと、被告会社の株主名簿上原告主張のような名義書換のなされたこと、被告会社が原告に対し本件株主総会招集の通知をしなかつたこと及び原告主張の訴外人等が右の議決に参加したことはいずれも認めるが、その他の事実は否認する。原告主張の株主名簿の記載とおり株式の移転があつたのであつて、被告会社が右総会招集の通知をする当時、原告主張の株券につき株主であつたのは原告ではなく、原告主張の訴外人等であつたのである。

(2)  すなわち、原告は昭和二六年三月一〇日その主張の被告会社株券四〇、〇〇〇株を東北肥料に譲渡し、その株主権を失つた。もつとも、右譲渡については、原告主張のような条件がつけられており、その後、建設省が原告主張の不認可決定をしたけれども右譲渡の効力に何等消長を及ぼすべき限りではない。

けだし

(イ) 原告会社が特殊会社としてその持株の譲渡につき監督官庁の認可を求めたのは、昭和一一年一二月一日内閣東発甲第二四号東北興業株式会社に関する命令書第九条第二項に基くものであるが右条項により監督官庁の認可を必要とするのは、同条第一項に規定するところの引受又は買入につき内閣総理大臣の認可を受けた株式、社債に限るのであるから、本件株式のように同条第一項による認可を受けたものでない株式の処分については、元来認可を要しない場合であつた。

(ロ) 右命令書は、監督官庁より被監督者である原告に対する業務監督命令にすぎないのであるから、被監督者が右命令に違反した場合、被監督者の懲戒等行政上の措置が為され得るに止まるのであつて、右命令に違反した私法行為の効力には何等影響を及ぼすものではない。ただ、その違反が私法行為までも公序良俗に反せしめる場合にのみ、その私法行為が無効となるにすぎないが、本件はそのような場合に当らない。

(ハ) 右不認可処分は、担当係官の恣意に出でたものであつて、何等国家公益上の理由からなされたものではないから、当然無効であり、従つて、原告主張の条件は未だ成就していない。

(ニ) 原告会社副総裁金子千尋は、原告会社より右認可申請が建設省に提出せられた後、ひそかにこれが不認可となるよう運動した事実がある。また、上述のように行政庁が公益上の理由なくして不認可の行政処分をなした場合、原告としては当然行政訴訟をもつてこれを争うべきであるのにかかわらず、原告はこれをなしていない。以上の事実は、いずれも被告としては不認可処分という条件が成就しなかつたものとみなし得る事情に当るから、被告は昭和三〇年一二月一九日の本件口頭弁論期日において、原告に対し右条件が成就しなかつたものとみなす旨の意思表示をなした。

(ホ) 原告は、昭和二六年九月二九日附建設省に対する「東北興業の業態並に会社の希望」と題する書面において、本件東北亜鉛株券を既に他に売却しその売得金を原告会社の一般経費に支弁した旨を報告した。しかるに建設省は、この報告に対し、原告に対する何等の監督的措置を講じないでそのまま放置しているから、建設省は本件株券の処分を暗黙に認可したものというべきである。このことは、原告は、本件株券と同様にその処分につき建設省の認可を要する東北パルプ株式会社株式六八〇、〇〇〇株、東北肥料株式会社株式一一一、〇〇〇株の処分についても、右報告書中で報告したのみであつて、建設省から何等明示の認可処分がなされていないが、これらの株式については黙示の認可処分がなされたものとして取扱われていることに徴しても明らかである。

以上いずれの理由によるも、原告と東北肥料との間の本件株券の譲渡契約は有効であるといわなければならない。

(3)  かりに、右譲渡が無効であるとしても、

(イ) 東北肥料は、原告主張のとおり、昭和二六年三月三一日右株券のうち別紙目録記載の二〇、四〇〇株を蓬莱鉱業に、一九、六〇〇株を東肥産業に譲渡し、同年八月二日被告会社株主名簿にその旨の名義書換がなされたので、右譲受人等において、それぞれ右株券を善意取得し、原告は右株主権を失つた。

(ロ) かりに蓬莱鉱業および東肥産業において右株券を善意取得しなかつたとしても、昭和二六年一一月三〇日蓬莱鉱業は右譲受株券のうち別紙目録記載の三、〇〇〇株を訴外阿部直之に、東肥産業は右譲受株券のうち別紙目録記載の一、〇〇〇株を訴外久保祐三郎にそれぞれ譲渡し、いずれも同日株主名簿に名義書換がなされたので右譲受人等において、それぞれ右株券を善意取得し、原告はその株主権を失つた。

(ハ) かりに阿部および久保において右株券を善意取得しなかつたとしても、昭和二八年六月二五日阿部および久保は、いずれも右譲受株券を内藤英雄に譲渡し、同日株主名簿に名義書換がなされたので内藤は右株券を善意取得し、原告はその株主権を失つた。

以上、訴外人等が、その前者の株券所有権限のかしにつき善意無過失であつたことは、つぎの事実に照せば明白である。即ち、東北肥料が原告より前記建設省の却下処分のあつたことの告知を受けたのは、昭和二六年一二月三一日である。従つて、それ以前においては東北肥料は右の事実を知るよしがなく、まして、右訴人等がその前者の本件株券の所有権限にかしがあることを知り得る余地がないのである。

(ニ) かりに、以上いずれも理由なく、原告が前記株券四〇、〇〇〇株の株主であつたとしても、原告主張の株主総会において議決権を行使すべき者を定めた日における株主名簿には、右の株券については、蓬莱鉱業、東肥産業および内藤が株主として記載されていたところ、被告会社は、右株主総会につき、それぞれ右訴外人等に対し招集の通知を発したのであるから、原告に対する総会招集通知の欠缺について、被告会社は責任がない。

よつて、原告の主張はその理由がない。

三、原告の主張

被告会社は、右株券については右訴外人等が株主でなく、原告が真の株主であることを知りながら、あえて右訴外人等の申請に基き株主名簿の名義書換をなし、そのようにして書換えられた株主名簿上の株主に対し招集の通知をしたものであるから、本件株主総会招集通知のかしにつき被告に免責的効果を生ずるものではない。

四、被告の主張

被告会社が、原告主張の訴外人等が本件株券につき真の所有者でないことを知りながら株主名簿の名義を右訴外人等に書換をなし、これに総会招集の通知をなしたとの点は否認する。

第三証拠

一、原告提出の証拠およびこれに対する被告の弁論

(1)  甲第一号証、第二号証の一ないし二一、第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証、第六号証の一、二、第七号証(いずれも成立を認める)

(2)  証人塩島礼三の証言、被告代表者本人高梨勇の供述の結果

二、被告提出の証拠およびこれに対する原告の弁論

(1)  乙第一ないし九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし三、第一二号証の一ないし六、第一三号証の一ないし四、第一四号証の一ないし三、第一五号証の一、二、第一六号証の一ないし三、第一七号証の一ないし五、第一八号証の一ないし三、第一九号証の一、二、第二〇号証の一ないし一一、第二一号証の一ないし七、第二二号証の一ないし三、同四の(イ)(ロ)、同五、第二三号証の一、二、同三の(イ)(ロ)、第二四号証の一ないし九、第二五号証の一、同二ないし四の各(イ)(ロ)、同五の(イ)ないし(ハ)、同六、七の各(イ)(ロ)、同八の(イ)ないし(ハ)、第二六号証の一、同二の(イ)(ロ)、第二七号証の一、同二の(イ)(ロ)、第二八号証の一ないし五、第二九号証、第三〇号証、第三一号証の一ないし八、第三二号証、第三三号証の一、二、第三四号証の一(イ)(ロ)、同二(イ)(ロ)、第三五号証、第三六号証の一、二(第三ないし六、第九、第一〇の一、第一一の一ないし三、第三〇、第三二、第三三の一、二の成立は知らない。その他の成立は認める)

理由

被告会社において昭和三〇年五月二八日第二六回定時株主総会が開催され、主文第一項記載の内容の決議が行われたこと、別紙目録記載の株券四〇、〇〇〇株の株主に対し右総会招集の通知をするのについて、原告をその株主でないとして通知せず、蓬莱鉱業、東肥産業及び内藤英雄をその株主として右総会の決議に参加させたことは当事者間に争がない。そこで、右株主総会において、右四〇、〇〇〇株について議決権を行使すべき株主が原告であつたかどうかについて判断する。

原告をがかつて被告会社の前記四〇、〇〇〇株の株券を所有し、被告会社の株主名簿にその株主として記載されていたこと、昭和二六年三月一〇日右株券を東北肥料に譲渡する旨の契約を締結したこと、右契約には、これにつき原告会社の監督官庁である建設省の認可を得ることができないときは無効とする旨の条件が附せられていたことおよび原告会社より建設省に対する右株券譲渡の認可申請に対し、昭和二六年七月三〇日建設省はこれを不認可とする旨の決定をなしたことは当事者に争がない。

被告は、右契約にそのような条件を附したのは、本件株券の譲渡には昭和一一年一二月一日内閣東発甲第二四号東北興業株式会社に関する命令第九条第二項により監督官庁の認可を要するものと考えたのであるが、同条同項により原告所有の株券の処分につき監督官庁の認可を要するのは、同条第一項により内閣総理大臣の認可を受けて原告が引受または買入れにより取得した株券を処分する場合に限られるから、本件株券のように、同条第一項の認可を受けて取得したものでない株券の処分については、もともと同条第二項の認可を要しなかつたものであることを理由に、右不認可の決定により原告と東北肥料間の右株券譲渡契約が無効となるものではないと主張する。被告の右主張は、そのような誤解から約定された右条件の拘束力を争うのか、条件が有効であることを前提として、認可を要しない場合になされた認可行為の無効を理由に条件の成就を争うのか明瞭を欠くが、いずれにしても、その成立に争のない乙第三四号証一の(イ)(ロ)(証人渋江操一証言調書)によれば、前記命令第八条には「東北興業株式会社が重要な財産を処分しまたはこれを担保に提供せんとするときは、その事由を具して内閣総理大臣の認可を受くべし」と規定せられておることが認められるから、東北亜鉛株式四〇、〇〇〇株の譲渡は、かりに右命令第九条第二項によつては認可を要しないとしても、第八条にいわゆる重要な財産の処分に当り認可を要することが明かであるから、結局、右株券の譲渡につき監督官庁の認可を要する点においては変りがない。従つて、その認可を要しない場合であることを前提として始めて意味がある被告の右主張は、この点において既にその理由がない。

つぎに、被告は、本件の株券譲渡がかりに監督官庁の認可を要する場合であつたとしても、その違反に対しては監督官庁より原告会社に対する行政上の措置がとられるに止まり、私人間の契約自体の効力に影響を及ぼすものではないことを理由に、右不認可決定により原告と東北肥料間の本件株券譲渡契約が無効となるものではないと主張するが、契約の当事者が任意に契約の効力を行政官庁の特定の行政処分の有無にかからしめる約定をなしたならば、その約定の拘束力を認めざるを得ないのであるから、右の点に関する被告の主張は、主張自体その理由がない。

つぎに被告は、前記不認可処分は国家公益上の理由からなされたものではないから、当然無効であると主張する。成立に争のない甲第二号証の五(高梨勇の証言調書)、六(松田正雄、種田徳太郎の証言調書)および右書証によりその成立が認められる乙第三ないし五号証、乙第九号証によれば、被告会社は、その立地条件製品の販売量等の関係上、東北肥料に依存してのみ良好な営業成績を上げうるところから、昭和二五年頃より右両会社の合併を目標として種々の施策が講ぜられ、本件の株券を被告において譲受けたのもその合併を円滑ならしめる一つの手段であつたことが認められ、成立に争のない乙第一五号証の一、二、乙第一六号証の一ないし三、乙第一七号証の一ないし五、乙第一八号証の一ないし三、乙第一九号証の一、二、乙第二〇号証の一ないし一一、乙第二一号証の一ないし七、乙第二二号証の一ないし三、同号証の五、乙第二三号証の一、二、乙第二四号証の一ないし六、乙第二五号証の一、同二ないし四の各(イ)(ロ)、同号証の五の(イ)ないし(ハ)、同号証の六、七の各(イ)(ロ)、乙第二六号証の一、同号証の二の(イ)(ロ)、乙第二七号証の一、同号証の二の(イ)(ロ)によれば、昭和一四年度より昭和二九年度に至る間、原告会社の所有する十数社の株券の譲渡が当時の監督官庁において認可せられ、その間正式に不認可処分となつたものは本件株券に関する前認定の処分一件のみであることが認められ、また成立に争のない乙第三一号証の一ないし八によれば、昭和二四年八月三一日主務大臣より認可せられた企業再建整備法に基く原告会社の整備計画によれば、原告会社所有の本件株式四〇、〇〇〇株は一株金五〇円の対価で処分する予定となつていることが認められる。以上の事実によれば、監督官庁は原告会社の本件株券譲渡を認可しても公益上別段の支障がないように一応うかがわれる。しかしながら、成立に争のない甲第二号証の四(渋江操一、高田賢造の各証言調書)、同号証の五(中田政美の証言調書)、同号証の一八(渋江操一の証言調書)、乙第三四号証の一、二の各(イ)、(ロ)及び甲第六号証の一、二によれば、原告会社は特別法に基き設立せられた特殊会社であつて、東北地方の振興を図る為同地方における事業の経営またはこれに対する投資その他助成をすることを目的とし、政府の支払保証ある社債の発行により主として運転資金を調達してきたが、終戦後政府の財政援助に関する法律により政府の保証が打ちきられたので、この方法により資金を取得することができなくなつたのみならず、その投資会社の利潤が低下した為、原告会社の経営は著しく困難となり、その持株を処分して漸く経常費を賄うという方法を続けてきたので、その監督官庁である建設省はかねてよりこのような経営方法に遺憾の念を持つていた。そこで、建設省は原告より本件株券の譲渡につき認可の申請を受けるや、原告がこのような安易こそくな方法によりその経常費の捻出を計ろうとするのは望ましくないこと、むしろ、抜本的に人員の整理、経常費の節約及び直営事業の改善等により経営の合理化を図る方策を採るべきこと、一方、本件株式は原告の保有する株式中将来性あるものであり、被告の発行済株式総数の約半分を占めていて投資率も高いので、原告をして引き続き被告の経営に参加せしめるべきであること等の理由から前記不認可処分をしたものであることが認められる。行政庁がその監督に服する会社に対してなす行政上の監督方法の当不当については種々の批判をなし得るであろうが、それが行政庁の裁量の範囲内に止まる限り違法とならないことはいうまでもない。まして、前認定の理由の下になされた行政上の措置を当然無効の処分ということはできないから、この点に関する被告の主張はその理由がない。

つぎに、被告は、原告が信義に反して強いて右契約の解除条件を成就せしめたものであるから、被告は右条件が成就しなかつたものとみなしうると主張する。しかしながら、原告会社の取締役が建設省の担当官に対し本件株券の譲渡を不認可とするよう運動したとの点はこれを認めるに足る証拠がなく、また、前認定の理由の下になされた建設省の本件不認可処分を、原告が行政訴訟を提起してまで争わなければならないものとは思われないからこの点に関する被告の主張はその理由がない。

つぎに、被告は原告会社が建設省に提出した昭和二六年九月二九日附「東北興業の業態並に会社の希望」と題する書面において、本件東北亜鉛株式が原告会社より他に既に売却せられ、その売得金が原告会社の一般経費に支弁されている旨報告したのにかかわらず、建設省はこの報告に対し何等の措置を講ぜず、これをそのまま放置したから、建設省は本件株式処分を暗黙に認可したものであると主張する。成立に争のない乙第二三号証の三(イ)(ロ)、甲第二号証の二一(金子千尋証言調書)によれば、昭和二六年九月二十九日原告会社副総裁古木隆蔵は、建設大臣に宛て、東北興業株式会社の存廃に関する東北六県協議会等に提出する資料として、原告会社の経理上の苦境を訴へ、その救済に関する抜本的対策の樹立を希望する趣旨の「東北興業の業態並に会社の希望」と題する書面を提出したのであるが、その書面中には、原告会社の資金の枯渇を救う為の一助として諸種の持株を処分したことが例示されており、その例示のうちに東北亜鉛株式が掲げられていること、ただし、その株数および対価は記載されていないことが認められる。被告主張の書面が以上趣旨のものであるから、たまたまその例示中に東北亜鉛の株式(その株数および対価を記載すことなく)が掲げられていたとしても、そのことをもつて、直ちに建設省がその株券譲渡の真否を確め、これを監督すべき何等かの措置に出ない限り、その譲渡を暗黙に認可したものと解しなければならないとすることはできない。もつとも、その成立に争のない乙第三五号証(高梨勇の証言調書)によりその成立が認められる乙第三〇号証、乙第三二号証その成立に争のない乙第二九号証、乙第二三号証の三(イ)(ロ)、乙第三六号証の一(証人町田稔の証言調書)によれば、原告会社は昭和二五年度に東北パルプ株式会社株券四九九、九〇〇株を昭和二六年度に東北肥料株式会社株券一一一、〇〇〇株をそれぞれ他に譲渡したこと、昭和二六年九月二十九日原告会社より建設省に提出された前認定の「東北興業の業態並に会社の希望」と題する書面中に、処分済の株式の例示として右東北パルプ、東北肥料の株式の名もあげられていること、建設省が右譲渡を認可した旨の書面が建設省に存在しないことがそれぞれ認められるところ、被告は、以上の事実により、東北パルプ、東北肥料の株券譲渡については一般に建設省が暗黙にこれを認可したものと取扱われているとし、これと対比すれば本件株券の処分についても暗黙の認可があつたものと考えねばならないと主張するのであるが、東北パルプ、東北肥料株券の前記譲渡が認可されたものと一般に取扱われているとの点についてはこれを認めるに足る証拠がなく、また、以上の事実の存在と、これに対し建設省が何等の監督的措置に出ていないことを考え合せても、直ちに暗黙の認可があつたものと解釈することは早計である。その上、その成立に争のない乙第二四号証の二によれば、建設省は本件株券譲渡の認可申請を却下するに際し、原告会社に対し右契約取消の手続をとるよう指示していることが認められるから、その直後に提出された前記の資料中に、たまたまその譲渡株式の例示として東北亜鉛の名が記載されていても、それについては、さきの指示により原状回復の手続が進められつつあるものと考え、重ねて特段の監督的措置に出でなかつたことを推測するに十分である。従つて、本件は東北パルプ、東北肥料の株式の処分の場合と若干事情が異るわけである。以上により、本件株券譲渡につき建設大臣の黙示の認可があつたとは到底解することができず、この点に関する被告の主張は理由がない。

よつて、原告より東北肥料に対する本件株券の譲渡は、解除条件の成就により無効となり、その株主権は原告に復帰したものといわざるを得ない。もつとも、東北肥料は、昭和二六年三月三一日、右株券のうち別紙目録記載の株券二〇、四〇〇株を蓬莱鉱業に、一九、六〇〇株を東肥産業に譲渡したこと、同年八月二日被告会社の株主名簿にその旨の名義書換がなされたことは当事者間に争がない。しかしながら、成立に争のない甲第二号証の五(宮本実の証言調書)、同号証の六(杉田正雄、種田徳太郎の証言調書)、同号証の一二(宮本実の証言調書)によれば、昭和二六年頃東北肥料の代表取締役である訴外種田徳太郎は東肥産業の取締役会長であり、東北肥料の常務取締役である訴外松田正雄は蓬莱鉱業の常務取締役を兼ねるなど、東北肥料と東肥産業および蓬莱鉱業の役員の間に密接な関係があつたこと、東北肥料が蓬莱鉱業および東肥産業に本件株券を譲渡した後である昭和二六年五月一八日、右株券全部が東北肥料の訴外日本興業銀行に対する債務のため担保として同銀行に差入れられ、同年八月二日同銀行から引出されて蓬莱鉱業のため株式名義書換がなされた上再び右債務のため同銀行に差入られたこと、右株券譲渡代金は、現実に授受されることなく、東北肥料の仮払金、立替金などの勘定で処理されていることがそれぞれ認められる。以上の事実を考え合せると、蓬莱鉱業および東肥産業は東北肥料から本件株券を譲受ける際、原告より東北肥料への本件株券の譲渡契約には、前認定の解除条件の約款が附せられており、その条件がいまだ成否未定のものであることを知つていたものと思われる。

そして、このような取得者もいわゆる悪意の取得者というを妨げないのであつて、その後、前者が解除条件の成就により無権利者となつたときは、右取得者もまたその効果を受けること勿論であるから、蓬莱鉱業及び東肥産業は右株主権を取得するに由ないのである。

そうすると、それ以後において、前記株券のうちいまだ蓬莱鉱業および東肥産業の所有名義となつている分(別紙目録参照)について原告がその株主権を失つた旨の主張のない本件においては、原告は少くともこの部分については、本件株主総会の議決権を行使すべき株主であつたといわなければならない。

被告は、右株式については、被告会社の株主名簿に蓬莱鉱業および東肥産業が株主として記載されており、被告会社は右名簿上の株主に対し総会招集の通知をなしたのであるから、原告に対する通知の欠缺について被告会社に責任がないと主張するので、この点について判断する。

前認定のように、原告と東北肥料間の前記契約は、被告会社と東北肥料の合併を円滑ならしめるため、被告会社の発行済株式の半数に相当する本件株券を東北肥料が取得しようとして行われたものであるが、この事実に甲第二号証の五(高梨勇証言調書)同六(種田徳太郎証言調書)、により認められる訴外高梨勇が被告会社の代表取締役と東北肥料の営業部長を、訴外種田徳太郎が東北肥料の代表取締役と被告会社の取締役をそれぞれ兼務していることを考え合せれば、被告会社にとつては、右契約の成否はその利害に大きく影響するところであるので、被告会社は、右株券譲渡契約に前認定の解除条件の附せられていたことおよび昭和二六年七月三〇日前認定のとおり建設省より右株券譲渡を許可しない旨の決定がなされたことをその都度直ちにこれを知つていたものと認められる。

そして、前認定の東北肥料と蓬莱鉱業および東肥産業との密接な関係と右の事実とを考え合せると、被告会社は、昭和二六年八月二日右株式につき蓬莱鉱業および東肥産業のため株主名簿の名義書換をした際、原告が右株式の株主であつて、蓬莱鉱業および東肥産業がその株主でないことを知つていたものと認められ、まして、本件総会の招集をなした当時は、その成立に争のない甲第一号証、第二号証の一七により認められる、原告と被告会社、東北肥料等間の本件株券の株主権の帰属に関する訴訟事件につき原告勝訴の第一審判決が言渡された昭和三〇年二月四日の後であるから、前記の事実に対する認識は十分であつたものと認められる。そうすると、被告会社の株主名簿には右株式につき蓬莱鉱業および東肥産業が株主として記載されていたこと、被告会社が右訴外人等に対し本件総会招集の通知をなしたことは当事者間に争のないところであるが、そのことを理由に真の株主である原告に対し招集の通知をなさなかつたことの責任を免除されるものではない。

以上の次第であるから、本件株主総会決議は、結局真の株主に対し招集の通知をなさないでなしたというかしがあるものといわざるを得ない。

よつて、原告の請求を正当と認め、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 坂井芳雄 伊藤和男)

目録

東北亜鉛鉱業株式会社株式 四〇、〇〇〇株

内訳

(一) 自い第三九号至い第五六号 千株券 一七枚

計 一七、〇〇〇株

自い第七七号至い第八〇号 百株券 四枚

計 四〇〇株

合計 一七、四〇〇株

右名義人蓬莱鉱業株式会社(昭和二六年八月二日名義書換)

(二) 自い第三六号至い第三八号 千株券 三枚

計 三、〇〇〇株

右名義人内藤英雄(昭和二六年一一月三〇日蓬莱鉱業株式会社から阿部直之名義に書換え、同二八年六月二五日阿部名義から内藤名義に書換えたもの)

(三) 自い第五七号至い第七〇号 千株券 一四枚

計 一四、〇〇〇株

自ろ第七六号至ろ第一〇一号 百株券 三六枚

計 三、六〇〇株

自は第一〇一号至は第二〇〇号 拾株券 一〇〇枚

計 一、〇〇〇株

合計 一八、六〇〇株

右名義人東肥産業株式会社(昭和二六年八月二日名義書換)

(四) い第五六号 千株券 一枚 計 一、〇〇〇株

右名義人内藤英雄(昭和二六年一一月三〇日東肥産業株式会社から久保祐三郎名義に書換え、同二八年六月二五日久保名義から内藤名義に書換えたもの)

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